8月になりました。約2年前に被害にあった交通事故にようやくカタがついて、前へ進むことができるようになった。少し楽になったけど、2年ぐらい経過すると状況も変わりますねえ。ライブもしてないし、気持ちも違うし、得るもの失うものもあります。単純に変わったんだと思います。8月下旬からぶらり旅。その後、録音。楽器を買いたい。
最近、何度かライブへ行った。楽しめたやまあまあなどの感想はあるけど、楽しい時間でした。時間が押すのは、今でも苦手です。観たいバンドが観れないとか何しに来たかわからないから。
月曜日
金曜日
140711
7月1日にひっそりと34歳になりました。もはや予測もしていなかった年齢です。10数年経過して思い返せば、残念ながら特に状況の大きな変化がなく肉体だけが劣化していくことのみ感じます。人生は、そんなものだと思ってます。答えが欲しいことが最近たくさんあります。ただ進むだけですな。しばしライブ予定はありません。何をするにも資本が必要なので、余裕ができたらボチボチ新しいこと始めようと思います。バンドもしたいけど、今は自分から動く気持ちがないです。snarekillsnationに至ってはバンドなのか?な感じです。
8月末から四国ぶらりします。一旦これで一年続いたぶらりをしばしストップして次に進みます。
日曜日
140629
先週、snarekillsnationでライブでした。ライブ自体が久しぶりすぎて個人的に反省する点があったけど、なんとか5人編成のライブはやれた。ほぼぶっつけ本番だったので、音のバランスをどうすべきかなどまだわからない部分あり。レコーディングして突き詰めることが必要。定期的にスタジオ練習できないので、個の力が重要なバンドです。ライブ会場に居た方々に感謝。これで2014の前半は終わった。次回のライブは、未定です。定期的にライブしたいのですが、なにせメンバーが増えて、誰かが欠けると印象も変わってしまうので慎重にいきたいです。機材メンテや購入も必要だし、新しいギターも欲しい。
しばし休眠します。ライブに誘われてやれたらいいんだけどなあ。 レコーディングのほうが先です。
土曜日
140614
6:30から7:00の間に起床。8:00に家をでて帰宅は20:00ぐらい。これが週6から4と不定期。その後、スタジオがあれば夜中スタジオ。ライブ観に行けば帰宅は、日付またぐ。なんか労働してないみたいに思われがちなんですけど、結構まじめに労働してます。(たまにロン毛、髭だから仕事してなさそうにみられる)そんなこんなでライブしますから!33の歳もあとわずか。
もう会うことがない中学の同級生が、新聞に掲載されるぐらいの企業の社長になっていてびっくりした。ヤクザになったとか噂で聞いていたけど社長だった。 すぐ情報がでてくるネットもすごいと思いました。ライブ近い。
"ちらかる11"
2014/6/22(sun)
at 福岡薬院UTERO
OPEN 18:00 / START 18:30
TICKET¥1500(+1DRINK ORDER)
【LIVE】
マクマナマン
ANTENA IN YOU2
snarekillsnation
RIM
【DJ】
ery(diskunion/RED NOVEL)
木曜日
140522
3月のライブで購入したお気に入りのTシャツが強風で吹っ飛ばされてなくなった。へこんだが県外へブラブラしたら忘れられた。散歩って素晴らしいっす。
ライブ盤をリリースしたMacmanamanのレコ発ライブにでます。来月です。一緒にライブするのは、6年ぶりぐらいじゃなかろうか。毎回、ライブのたびに曲を増やしてようやく約1年で5曲しかできてないけど、30分ぐらいあるし、メンバー増えたし楽しみだ。
"ちらかる11"
2014/6/22(sun)
at 福岡薬院UTERO
OPEN 18:00 / START 18:30
TICKET¥1500(+1DRINK ORDER)
【LIVE】
マクマナマン
ANTENA IN YOU2
snarekillsnation
RIM
【DJ】
ery(diskunion/RED NOVEL)
火曜日
140506
修行中のsnarekillsnationで久しぶりにライブがあります。今回は、5人編成です。といっても即興バンドじゃないんで、ちゃんと曲つくってます。 ようやく5曲目が固まってきたぐらい。5曲で30分ぐらいあるので、以前と全く逆。メンバーは、おれとex-パワー氏、ボビー、サックスだったヤッホー坂田氏が戻ってきて、斜陽のイビ氏も加わります。当日まで想像がつかないので楽しみです。スタジオの回数が突然半端ないです。頑張ります。
『ちらかる11』
2014/6/22(日)@福岡薬院UTERO
OPEN 18:00/START 18:30
TICKET¥1500(+1DRINK ORDER)
【LIVE】
マクマナマン
ANTENA IN YOU2
snarekillsnation
RIM
【DJ】
ery(diskunion/RED NOVEL)
土曜日
140426
4月になって腑抜けてます。原因はわかってる。たぶん生活環境。主に労働内容でどうやら腑抜け化するようだ。自分自身でどうにかせろってことやろが。snarekillsnationで6/22に福岡でライブします。結局、メンバー固定できぬまま曲作りを継続しているバンドなんですが、なぜか今5人にメンバーが増えてます。ただ、5人で合わせることはまずなく6/22だけがひとまず決まってます。自分も初めてなんですが、ある意味難しく楽しい。メンバーもギター、ドラム、色々電子音、ノイズギター、サックスと謎のメンバー構成で曲をつくってます。(セッションバンドじゃないです)一同で集まって合わせることは、なかなか難しいですが成立してしまいそうです。ベーシック作りがまあ難しい。ベースの役割の重要さを痛感してます。ベースは、いないままやるけど。
月曜日
140414
4/4-4/8までぶらり旅行してました。鈍行列車の旅。宮島→尾道→高松→四国中央→新居浜→松山→南予→広島→岩国と桜満開の瀬戸内海に面する地域を堪能。各地にいる友人にお世話になりながら楽しい旅でした。バンドのライブでしばらく九州からでることがないのと桜満開の季節に行ったことがない場所へ行ってみたいという気持ちでぶらり。結局、呑んでるだけのような気もしましたが、おかげでリフレッシュできた。楽しかったの一言に尽きる。世話のやけるこんな自分を温かく迎えてくれる友人達に感謝!福岡へ帰ってきてからは連勤。昨夜、今泉のBLACKOUTでライブがあったので、途中からライブへ行ったが見事泥酔。何しに行ったんだおれ…
音楽のやる気はまだありますからそろそろフラフラするのを自粛します。
火曜日
140401
本日から消費税アップ。たぶん、貯金なんかせずに血税おさめろってことなんかな。ちゃんと使ってくれるなら納得するけど、信用ができないのは物心ついてから。
imomushi recordsデカ長が熱い文章書いてました。
http://threadyarn.jugem.jp/?day=20140312
今週末から瀬戸内地方ぶらりします。
労働がここ最近多かったので勝手な春休みになります。
ギターリフや曲作りに悩む春。少しブレイクします。
木曜日
140326
3/15のライブが終わって抜け殻というか労働が多すぎて、バランスをとることが大変でした。気がつけば、桜が咲いてました。PFKの企画は、最高だった。あんな最高な企画はない。もう少し賑わっていいと思う。ライブに初めて来た知人がいたけど、楽しんでた。呼べるよう魅力を伝え方も考えないかん。肝心のライブは、斜陽と合体してのsnarekillsnationでしたが、客観的に観れず観た方々の評判はよかったようで、またやりますのでよろしくお願いします。
健康診断再検査もレントゲンの撮影ミスというなんだそりゃ結果と加えて左腕に腫瘍ができて痺れて面倒だったけど、気がつけば治った。
しばらくぼんやり過ごします。ぼんやりなモチベーションでないと大抵失敗するから。
気がつけば夏がくる。
10年前の今頃を振り返りたい。何してたかな…
この時期は、amakと井上経康くんとのツアーこれにつきるな。その時の音楽モチベーションが低かった自分に反省や。テラボンや井上君、タツヒサに会いたいな。 the act we actのメンバーとも知り合った時期だった。愛知のシーンに生で触れた感動もあった。紙の文字でしか知らなかったことが目の前にある感動はすごかった。大阪、三重のライブも刺激的だった。アメ村で数万円使ってしまったのは、振り返ると意味不明だった。時は進むな。
火曜日
140311
今日は、東北の震災から3年ですね。世紀の災害と言っていい。福岡に住んでいるとリアリティがあまりなかったのですが、ベネフィットの作品つくったりして東北ライブハウス大作戦に協力したけど、東北の人々の糧になっただろうか。3年前に地震が起きた時は、福岡市民になるべく手続きしていた。あとは、春先から失業することが決まっていたので、仕事の引き継ぎ。バンドは、ベーシストが抜けるため最後のライブを控えていたぐらい。あれから3年間小さなトラブル続きで、なんだか前へ進んだ気がしない。
先週、またもや体調不良に陥り、数日はフラフラだった。流石に病院へ検査行かなければと思うも症状が回復すると行くのが面倒になる。今週は、ライブです。久しぶりにまた春先から予定が白紙。去年、そうするつもりだったけど、なんだかんだで色々なバンドでライブしていた。今回は、音源をできればつくってみたいので、しばし時間が欲しいのとライブを頻繁にやるようなバンドをしていないので、スタジオ時間をより増やしたり、個人的に何か他のことに挑戦するつもり。全国ぶらりも含めて。
TimeMarketでレーベル特集にてimomushi recordsについてのインタビューがあったのですが、勘違いで福岡のレーベル特集だったため、長文で返答したところ実は簡潔な文章でよかったため、非常に読みずらいインタビューになってしまったので、目がいたくなるかもですが、ここに貼り付けしておきます。おれが熱くこたえすぎました…
imomushi records stuff
HIROYUKI "YUTAKA" MAEDA(SHYBOY, BUTCH, ex-strange over the sun)
TAKAYUKI "GIVEGIVE"(snarekillsnation, SNAREKILLS, ex-strange over the sun)
●設立のきっかけ
Y:「ファーストリリースは7インチレコードだよね!!」と、北九州で活動をしていたhigh-hopes(1000taravels of Jawaharlalの前身バンド)の下田さんと意気投合して、共同でリリースことになりました。お互いに、当時アメリカのインディーレーベルや、そこからリリースするバンドにも影響を受けてて、D.I.Y精神での活動中心でしたので“家みたいなレーベル”を作ろうというコンセプトでスタートしました。名前は「やがては蝶になる」といった意味が込められてます。“CDを出す”というのは“メジャーデビュー”という事になりがちな時代から、自主制作でのリリースが増えてきた時代でした。メジャーへの憧れもないし、出してくれそうなレーベルも見つからないので、「じゃあ自分達の手で」といった流れでした。音楽を演奏する人が聴いてくれる人に、自分達の音を自らの手から手へ渡っていくことにこだわりを意識して活動を始めました。あくまでレコード会社ではなく、“協同組合”です。なければ出し合い、あがれば平等に分配し、必要以上の値段をつけないのスタンスでボチボチやってきてます。
T:設立のきっかけは知らないので、個人的な視点からエピソードを伝えます。設立が決まった時期は、1999年。僕は、高校生か高校卒業間近だったので、詳しい経緯は知りませんが、high-hopes/BUTCHのSPLIT 7inch(現在も絶賛発売中)がリリースされたので普通に買いました。グラインドサアフのTEARSと2枚を交互にレコード針を落としていた記憶があります。僕は、imomushi recordsを外からみていたので、当時思っていたイメージは、自分達で活動コントロールし、レーベルに関与するメンバーが在籍するバンドのリリース、複数人数で意見を合わせて運営といったイメージを持ったレーベルでした。同時にディストロ(ライブ会場での小さなレコ屋)や缶バッチ制作、県外や海外バンドの招聘並びにライブ企画等を精力的に行っていたので、たまげたことをするレーベルであると思っていました。BUTCHがクラブスペースで企画を始めたり、1000travels of Jawaharlalが北九州で公共施設やスタジオ、機材のないクラブスペースでライブ活動を始めて、音源のリリースも自分達で行うスタイルになったと思います。僕も必然的に影響を受けました。そして、BUTCHと1000travels of Jawaharlalのリリースが共に進んでいく中、1000travels of JawaharlalがチェコのレーベルであるDAY AFTERとimomushi recordsの共同リリースで数千枚のCDと12inchをリリースしました。当時、全国的に知名度が高まっていた1000travels of Jawaharlalでしたので、活動スタイルなんかも全国へ波及したと思います。そのおかげでimomushi recordsの名前も知れ渡りました。しかし、福岡では知れ渡らなかったと記憶しています。そのことは、良くも悪くも福岡の特徴であると思います。僕がBUTCHや1000travels of Jawaharlalのツアーの手伝いで同行したり、当時自分が在籍していたstrange over the sunのライブで県外へ行った時、必ずimomushi recordsの話は出ていました。すごいことになってんなと当時は思っていました。(2001-2003年ごろ)いつしか自分が在籍していたstrange over the sunのアルバムがリリースされました。リリースに関しては、全てユタカ君まかせだったので、どうしていたかほとんど知りませんでした。後にその大変さについては、自らも体験することとなります。しばらくして、レーベル発足当初からリリースの中心であったBUTCHと1000travels of Jawaharlalの活動が止まり、strange over the sunも解散しました。imomushi recordsもその後変革期に進みます。そんな時期にimomushi recordsは、次なるリリースへ進みました。北九州で当時、1000travels of Jawaharlalの影響を受けた4hou8pouのアルバムをリリースをしました。4hou8pouはリリース後すぐに活動が止まってしまうのですが、新たな試みでした。(もちろんアルバム発売中!)ユタカ君は、SHYBOYの活動を始め、リリースフォーマットをアナログのみのリリースを続ける方向へ進みます。SHYBOYのリリースと平衡して、LULLABYEの7inch、PEAR OF THE WESTのディスコグラフィCD、THE CRUMPのアルバム…福岡で活動するバンドのリリースが中心になっていきました。更にディストロ、バッチ制作、フリーペーパー制作も継続して行っていました。今にして思うとモチベーションすごいなと思います。その当時ぐらいから少しづつ手伝いをするようになり、今に至ります。設立当時からもしかすると研修が始まっていたかもしれません…地元に密着するレーベルにはなったのですが更に異色のリリースします。東京で活動するthreadyarnとMIDDLEのSPLIT 7inchです。福岡で活動していないバンドがリリースされるのは、個人的にとてもびっくりしました。元々福岡で活動していたthreadyarnの押しが強かったようで(笑)その後、threadyarnはアルバムまでリリースします。元々共同運営の色が強いimomushi recordsでしたから、県外の支部を初めてつくりました。そのためthreadyarnのシマ氏は、imomushi records東京支部・デカ長に任命。時が流れSHYBOYも活動が止まってしまい、レーベルリリースもしばらく止まるかと思いきや、止まることを知らないユタカ君は、自分が在籍してたSNAREKILLSとEEVEEリリースを決まってました。やはり、根底には福岡のバンドをリリースする基本的なスタンスは変わりません。EEVEEは、活動がストップ気味だったので、リリースまでに時間がかかりましたが、(その後ミミレミミでのリリース)SNAREKILLSは、リリースされました。その頃は、出荷等も手伝うようになり、自分のバンドのリリースは、自分で行うといった状況になりました。このレーベルでは、自分達で全て行わなければなりません。カッコ良さそうに聞こえますが、内職が主です。つまりは、内職スキルが問われるのです…おれは、不器用なので、梱包が汚いです…正直、自分のバンドをリリースした時が一番大変でした。自分の生活状況やバンドの状況もベストではなかったし、非常に大変だったイメージが残ってます。ユタカ君は、すごいなと思いました。思ったよりSNAREKILLSの7インチは、売れてないのでよければ購入してください!あまりレーベル運営に関わっていることを皆様は知りません。チラシ配り、WEB更新、メール送信、出荷、在庫管理が主な業務です。本当に地味な活動だと思います。地味に続けることが美徳ですかね…リリースが落ち着いたあとの一杯は、非常においしいです。15年も経過すると僕もお酒を呑むようになってますね…15年前は18歳だったんすけどねー!
●活動のベースとしている土地がレーベルに与える影響
Y:以前は、ミーハーな土地柄が逆にマニアックさを助長させてました。最近は文化創造性の低さにどんどん投げかけていきたいと考えてます。ジャンルの壁を超えた仲間意識の高さは、今後とも影響を与えていくと思ってます。
T:レーベルの運営に関して福岡が持つ空気や風景の影響は考えつかないです。しいて言うなら祭り気質なところかな?リリースしているバンド全てがにぎやかなサウンドの音源ですね。
●レーベルのポリシー
Y:バンド本位であること。リリースのお手伝い役。D.I.T(Do It Together)はずっと変わらないポリシーです。リリースに伴うライブツアー、そして会場での手売りも出来るだけサポートしてます。アナログレコードのリリースはその良さを単純に伝えたいのと、残したいものでもあります。時代には反してますが、ずっとPUNK・HARD COREが好きですし。そもそも、ジャケットを手にとって針を落とす時の感情ってたまんないんですよね~。
T:自分達で活動をコントロールするがポリシーじゃないかと思っていました。dischord recordsやTouch and Go、Merge Records、K-Records、Ebullition Records等のレーベルを手本していると思います。ユタカ君がD.I.T(Do It Together)がポリシーと答えているのですが、どうやら僕は、大事なことを忘れていたようです。今年は、Do It Together!
●運営していく上での楽しみ・苦しみ
Y:音源が出来て最初に聴けるってのは至福の極みです。ブラジルやギリシャなどの国からオーダーが来たり、行ったこともない青森でディストロをしてくれる人がいたり、つながりが面白いです。楽しみでも苦しみでもありますが、音源をリリースすることでバンドにどう影響が及ぶかです。もちろんバンドが波に乗って活動盛んになり、音もライブもかっこよかった時には、しびれてより酔っ払います!長くやってると運営に関わる人も変わってきました。苦しい時期もありましたが、今は若大将!?タカユキとでいい調子でやってます。
T:個人的にはバンドの活動に集中したいので、その時間を削ったり、自分が在籍しているバンドが売れなかった時は苦しいです。リリースしたバンドがすぐに解散や活動休止も苦しいです。逆にリリース音源が売れたら楽しいし、リリースバンドが積極的に活動するとうれしいです。レーベル頑張ってくださいねと言われたことがないので言われてみたいです!若大将と言うほど若くないので、いい役職ネーミングをどなたかお願いします。現在、会長、若大将、秘書、デカ長、役員数名…若大将は、浮いてませんか(笑)
●今後の活動予定
T:PEAR OF THE WESTがリリース予定。しばらくは、音源のリリースのみ行います。個人的にやりたいことは、ネット配信。賛成されるかは不明。気がつけば、設立から15年。2/9にimomushi recordsの周年ライブが終わったので、個人的に解散や活動停止しているバンドの一夜限りの復活ライブをやりたいな思います。過去のバンドを知らない人のほうが多いと思いますが、音源がまだあるバンドは、ライブしないと興味を持つことが難しいと思うから、頻繁ではなくてもよいので、年1回ぐらいはライブしてほしいです。自分にも言えることですが…もしこのインタビューをみてライブしたくなった方がいればドラマティック。
Y:マイペースながらにも今後は新しい試みにも挑戦していきたいと考えてます。具体的にはタカユキが言ってることに加え、社会活動や身近なライブ企画など。。。あと、これをみて興味がある人で、ディストロや、何かやってみたい、参加してみたい人、連絡ください。
月曜日
140303
あと少し。この日に出す音が楽しみ。斜陽のイビ氏が一番すごいかもしれん。
PFK PRESENTS"TRENDKILL"
at Kieth Flack
2014/3/15(sat)
OPEN 19:00 / START19:30
TICKET ¥2000+1DRINK ORDER
[LIVE]
AYAME(大阪)
1z3
XL FITS
INVISIBLEMAN
snarekillsnation
hurricane grind feat psycho dog and hamasu
[DJ]
DJ Sexyfood(大阪)
goto
kenzo
S.A.K
ポッポコピー
[ART]
大柴裕介(東京)
DISKAH(東京)
イトー(東京)
小宮匠(東京)
JAHI(神奈川)
秋葉慎一郎(大阪)
大西大(大阪)
河村彰彦(大阪)
林芽々人(大阪)
ヨコウチフミヒコ(大阪)
POP●COPY
S.A.K
1z3
PFK HONDA
Amitabha tattoo/TOMI&SATO
ヤマモトキョウスケ
土曜日
水曜日
140226
あっという間に2月も終わり。マジでさる2月。先週末に大阪へ。ライブ以外で大阪の街を歩いたのは、14年ぶり。全く時間がなかったが、刺激的だった。TONE DEAFのボーカリスト・ツージー君の結婚パーティーへ。土曜の昼間に出発。前々日に胃腸炎が再発してやばかったがなんとか行けた。飛行機から大阪の街へ。宿泊地は、西成。初めて訪れた場所だったけど、衝撃度が大きかった。また、行きたい。結婚パーティーは、梅田。ここも初めて訪れた。人が多かった。THE ACT WE ACTのメンバーと再会し、その後結婚パーティーへ。たくさんの人が来ていたので、今回の主役ツージーくんとは、5分ぐらいしか話せなかった。昔からしるバンドマンとばかり話した。そして、知らぬ間に酔っぱらい、徳島勢を見送り、電車に乗って帰りの記憶はおぼろげ。早朝起床、朝の西成は、プサンのようだった。チェックアウトして大阪城へ。そして、仁徳天皇陵、百舌鳥でお好み焼きやたこ焼き食って、関空へ。バタバタと福岡へ帰ってきた。時間が無さ過ぎた。どこの土地へ行っても思うが、時間が足りない。こうしてまた思考停止が半日ほど続く生活へ戻った。インスパイアされたことがあれば、何かしら自己表現したい。
日曜日
140216
3月が別れの月とよく言うが、それはカレンダー通りに動いている組織等であればそうかもしれんが、末端で生きる自分としては、2月が多いと思う。3月は、もう出て行っている。テレビをつける習慣が戻ってきていたので、どこかでちらっと見た本の文章に集中できない場合は、テレビを消すべしと書いてあった。最近、実行し始めた。自宅にいると何にしても無気力になってしまう時間が増えていたので、なぜこんなにも無気力になるのか、考えていたがどうやらテレビの音らしい。一人で生活していると音がないと辛いがかといって音楽を聴く時間がない朝などにテレビをついつけてしまう癖が帰宅してからもあったので、朝以外はつけることを極力控えた。あとは、集中力の問題。うまいこと言葉を思い付かないので、しばらくブログ投稿を続けようと思います。しっかし、見返しても面白いことかけてないな!
3/15に PFKのイベントであるTRENDKILLにsnarekillsnationでライブをする。PFKは、嵐を呼ぶ男で知られる長崎出身のスケーター・ホンダ氏の名物イベント(僕はそう思う)気がつけば結構長いことやっているイベントだ。彼は、高校生の時から時々長崎から福岡にでてきては、フリーペーパーを作成したり、バンドしたり、スケートしていたそうな。今はないヘルズキッチンの店長から長崎のジャームスという異名をもつ存在として、自分に紹介されていた。実際、会う機会がなく、話だしたのは、何かのライブで話したのがきっかけだったと思う。スケーターなのにやたら海外のパンクシーンに詳しく、ハードコアもきけばポストロック、ノイズの音楽も詳しい、衝撃的な人でした。そのころは、長崎から福岡へホンダ氏は、自分が住んでいた家の近所だったので、家へ遊びに行ったらまあ衝撃的な部屋で、改めて色々な音楽を教えてもらい、あの自由奔放さや音楽の楽しみ方を教えてくれた。この出会いがなかったらおれバンドやってない(笑)バンドを辞めたくてしょうがないころに出会ったから。その頃ぐらいにtest mustard discoを始めて、strange over the sunが解散して、生活は崩壊気味だったけど、逆に音楽が楽しくなった。たまにホンダ氏にスタジオに呼ばれてセッションしたり、セッションライブしたりと非常に面白い時期だった。いつしか、ホンダ氏も結婚や就職で多忙になり、数年会うことがなくなった。その期間に自分は、バンド活動の最盛期を迎えてすげー忙しかった。落ち着いたころにホンダ氏から連絡があり、 TRENDKILL復活とスケートパークをつくるんだということを聞いた。相変わらずぶったまげる行動力だ。いつしかスケートパークを仲間と作り上げ、ノイズやハードコアバンドで活動を再開していた。おれは、うれしかった。彼は、マジでただもんじゃないし、彼が行うイベントは、センスがありすぎて福岡の人はついていてけてない。でも、定期的にイベントは、続けている。とてもリスペクトしている。おまけに去年は、一緒にインストバンドを始めて数年ぶりにスタジオで合わせたけど、不思議と合わせやすいし、なんとなくイメージしている音楽が伝わる。やっぱセンスがいいんだよな~ TRENDKILLは、通常スタジオや野外、特殊なスペースが多かったけど、いよいよ今回は、Kieth Flackで大きく行う。snarekillsnationが誘われたけど、条件が北九州で活動する斜陽とセッション形式で行ってくれとのこと(笑)急すぎたので合体することにしました。そんな素敵なブチ切れたイベントなので是非お越しを!僕らもこのライブ以降は、しばらく地下へこもります。曲作りや活動を今後どうすべきか鍛錬するつもりです。更なる完成度を高めるために。
PFK PRESENTS"TRENDKILL"
at Kieth Flack
2014/3/15(sat)
OPEN 19:00 / START19:30
TICKET ¥2000+1DRINK ORDER
[LIVE]
AYAME(大阪)
1z3
XL FITS
INVISIBLEMAN
snarekillsnation
hurricane grind feat psycho dog and hamasu
[DJ]
DJ Sexyfood(大阪)
goto
kenzo
S.A.K
ポッポコピー
[ART]
大柴裕介(東京)
DISKAH(東京)
イトー(東京)
小宮匠(東京)
JAHI(神奈川)
秋葉慎一郎(大阪)
大西大(大阪)
河村彰彦(大阪)
林芽々人(大阪)
ヨコウチフミヒコ(大阪)
POP●COPY
S.A.K
1z3
PFK HONDA
Amitabha tattoo/TOMI&SATO
ヤマモトキョウスケ
土曜日
140215
最近、リハビリのためにブログ投稿を心がけている。今の環境だったら一日の半分は、1つのことにしか頭が使えないので、帰宅すると何も考えたくなくなるからだ。今の労働は、時間内では他のことを考える余地がない。終わった後は、力尽きてる。まあそれはいいとして、先週のライブで打ち上げもなかったので、なんとなく打ちあがりたかった自分は、昨夜ライブ鑑賞や呑みに出かけた。健康診断もあったので、終わった後の解放感が半端じゃなかったため、調子にのって呑みすぎた。そこまで呑んでないつもりだったが、本日二日酔いダメージが半端じゃなくうなだれていたが、昨夜は良い刺激と改めてソロで活動する人達のすごさに感動した。でも、ただの酔っぱらいおじさんだったかもしれない。噂の森脇ひとみを観たがよかった。オオクボ-Tさんも相変わらず良かった。ミワさんも良かった。文句のつけようがないライブだった。4年前ぐらいからソロやるつもりでいたが全く進んでない自分…今年こそはと思ってます。面白い文章は、なかなか難しいな。
来週は、大阪へTONE DEAFのツージー君の結婚パーティーへ出席するため、数十年ぶりに大阪の街をゆっくりと歩けそうです。今までライブで行ってもバタバタしていたので、時間の許す限りやっぱり史跡みるんだと思います。最近は、すっかり散歩おじさんですわ。
金曜日
140214
1999-2000
このぐらいは、自分のとっては折れ線グラフでいうとかなり下がり目の時期だ。年齢にして19-20なのだが、いい思い出があまりない。定期的にライブへ行くようになり、1000travels of jawaharlalやボウフラのドラマーだった中園くんとの出会いやimomushi records会長であるユタカ氏からバンドの誘いを受けた時期だったが、最初のころのはどちらかというと大学へ行ってしまい、なじめない環境で苦悩していた。同時にSNAREKILLSのバブルを誘ってバンド組んだが当時の自分の性格(今もかも)が悪かったのか、2回ライブの後にバブルが辞め、ドラムも辞め僕は崩壊していった。でも、ライブは時々行っていたし、レコードも買っていた。とにかくお金がなかったし、実家にいったのだが、郊外のため街へ行くにもお金がいる。近所でバイトや日雇いも行ったがむかなかったり、交通費が給料の1/4かかったり、長続きせずたまにばっくれて関東や関西へ逃げたこともあった(笑)ようやく冷蔵倉庫の深夜肉体労働を始めてから、遊べるようになるが、大学は1年間さぼった。このころにバンドも崩壊し、ギターをしまって目標を失った僕は再び2年生なのに1年生と授業を受ける。(その後4年まで続く) このぐらいは、20歳で彼女も居ないし、職場で酒とたばこに更にはまり、編みこみのドレッドにしていたりたまにモヒカンにしていた。(特に意味はなかった)大学へは、登校していたが、授業がない時間は、ほとんど車でぶらぶらしていたり、レコード屋へ行ったりして今考えると何やってんだと思う。当時は若かったので目標を失うと気分が落ちて復帰するまでに時間がかかった。そんなときに中園君がバンドやろうと声をかけてくれた。あれは、救いだった。しかし、中園くんは、当時ボウフラと回天と1000travels of jawaharlalのヘルプをしており、多忙のためこのバンドは、1回のスタジオでボツとなる。(その後中園くん行方不明、1000travels of jawaharlalの名曲・「君へ」がうまれる)再び暇になった僕は、そのぐらいにユタカ氏からバンドの誘いを受ける。自分がやる気を出すとバンドは、つぶれるからちょうど掛け持ちしている人とやるぐらいがちょうどよいと思い、全てユタカ君に任せた。他のメンバー選出もユタカ氏がするとのことだった。誰を誘うのか聞いたところ、9holdのドラマーとテッポーシンのギターとのことだった。おれは、たまげた。9holdといえば、当時福岡でも指折りのドラムをたたく人と噂を聞いていたし、テッポーシンは観たことあったけど、とても音楽性が合うと思えなかった…やばいなと思いギターを再び触りだした。しかし、おれは下手だった(笑)スタジオが決まったので、スタジオへ向かった。当時、頻繁に入っていたYABANでなくマジックスタジオという中洲川端にあるスタジオとのこと。まだ20歳の僕は、行ったことがないスタジオへむかった。このスタジオがstrange over the sunの結成につながるのです。(まだパワーコードしか弾けません)
※写真とかあったら面白いけどこのころの写真が全くない。






